事件を振り返って 1

 

「私が手錠をかけられた日」

 

[『泥ウソ』国賠 原告 橘川直人]

 

  2000年4月25日早朝、寮の4階の自分の部屋で1人寝ていた私は、廊下からの物音で目が覚めた。手当たり次第に各部屋のドアをドンドンと叩き開けて回る音と、「何すんだよ!」という誰か他の寮生の声が強く聞こえたのであった。そういった物音で私が目を覚まして間もなく、私の部屋もドアを強くノックされ、私の返事を待つことなく、見知らぬ顔のおやじが5、6人部屋になだれこんできた。そしてその中の1人が、まだベッドで横になっている私に対し、「山形署だけど君の名は」と鋭く尋ねてきた。私は条件反射的に起き上がり自分の名を名乗った。するとその刑事は私宛ての任意出頭のはがきを提示し、「君には、清掃員への監禁・強要の容疑で逮捕状も出ている。よって、今日この後署まで来てもらうことになる。あと、この部屋もこれから捜索するから。」と口早に告げた。私は目の前にいる人たちが刑事であることは分かるものの、事態を全くのみこむことができなかった。目に入った刑事の足元が土足であることを疑問に感じ、「どうやって入ってきたのですか」などというどうしようもなく間抜けな質問をしたほどであった。

  刑事たちは、私の部屋の捜索を始めた。私は気が動転しているあまり、どうしたらいいのか何も思い浮かばず、ベッドに寝ていたままの服装でしばらく座っていた。そして、刑事たちが私の部屋をあら捜ししている様子を黙って眺めていた。ただそれでも、今のこの状況を理解しようと懸命に思考を重ねた。―なぜ今俺の部屋は警察に荒らされているのだろうか?俺が逮捕される?!「清掃員への監禁・強要の容疑」って言ってたけど、それって3月17日のことを指しているのか?でも、あれで逮捕されるなんてことありえないだろう。むしろ逮捕されるとしたら、清掃員と大学当局の人間だ。―

 

 

  刑事が部屋になだれこんできてからどのくらいの時が経っただろう。私は、“このままじゃだめだ!”と思い、「弁護士に連絡したいから下に行っていいですか」と尋ねた。刑事が「行っていい」と言うので私はベッドから出て立ち上がった。その時、自分の足がガクガク震えているのに気づき、「俺ビビってんだな」と思った。

  私はまず3階に下りてみた。刑事が2人私の後を着いてきた。私は誰か寮生がいないかと思い、3階の廊下を見渡した。警官が10数人いるだけで、寮生の姿は見えなかった。寮生の姿が見られないことが、私をさらに不安にさせた。私はとにかく寮生に会いたいと思い、1階まで下りていくことにした。1階に着くと、ロビーには何人かの寮生がいて、弁護士に連絡させるよう警官に主張していた。私はやっと寮生を見つけれたことで、かなり安心した。そして取りあえず、その寮生たちに加勢することにした。

 

  だが、ほどなくして私の目の前で、「逮捕!」という警官の大声と共に突然1人の寮生の手に手錠がかけられた。そして、その事態にただ唖然としてしまっている私も、逮捕状を数秒顔の前に出された後に同様に手錠がかけられた。結局その時ロビーにおいて、私も含め3人の寮生が手錠をかけられ「逮捕!」されたのであった。この一連の逮捕に、周りにいた他の寮生も声を失い、辺りが一時静まりかえった。だがその時、逮捕された1人の寮生が、「こんなインチキ笑うしかねえよ!」と言って大きな笑い声を上げた。私は、逮捕されたことによる怖さからくる、奥歯のガチガチ震え噛み合わさる音を必死にこらえようとするので精一杯であった。・

 

 

  ロビーで逮捕された3人は、引き離されるように寮内の別々の所に連れていかれた。私は1階の非常口から外に連れていかれた。そして目にしたものは、寮の周りを包囲する大勢の完全武装した機動隊の姿であった。私を連れてきた刑事は警察署まで連行する警察車両を待っているようであったが、なかなか車は来なかった。私はその間ずっと大勢の機動隊を眺めていて、最初はぎょっとさせられ怖さを感じていたが、次第に「無実の学生を逮捕するのにここまでしてバカじゃねえか」と思えるようになり、笑みさえこぼれた。このことで、また再び落ちつくことができたように思える。

  結局車は来なくて、もう少し経ってから表玄関から連行するということになった。そこで私は、自分の部屋に戻って着替えをしたい旨を告げた。部屋に戻る途中、廊下で立会人として来ていた大学の教官に遭遇した。その教官は、大学の中で寮問題を担当している教官の1人で、それまで何度か寮問題で激しく議論してきたことがあった。私はその教官の顔を見たとたん、この「インチキな逮捕」に対する怒りが一気にこみ上げてきて、「お前ら学生を警察に売ったのか!それでも大学か!教官か!大学が清掃員を使ってスパイ活動をさせてたんじゃないのか、ふざけんな!でっち上げ逮捕もいいとこだぞ!」とまくし立てた。それに対しその教官は、私と目を合わせないようにただ下をうつむいているだけであった。

 

 私は部屋に戻り着替えを済ませ、煙草に火をつけ、刑事に連れられながらまた下におりて行った。すると今度は、さっきとは別の教官が4月に入寮した1年生に対して、「君は誰だ、名前を言いなさい!」と高圧的に接している場に遭遇した。私はさっき以上に頭にきて、くわえていた煙草を投げつけ、「調子にのってんじゃねえぞ!お前らのやったスパイ行為は絶対明らかにしてやるからな!寮も潰させねえぞ!」と怒鳴りつけた。するとその教官は私の方を涼しい顔で見、俺を連れてる刑事に向かって「早く連れて行ってくれませんか。」と言った。そして刑事は前以上の力で私をその場から連れていった。

 

 

 そうこうするうちに、私は寮の表玄関の前まで連れてこられた。そして玄関から外に出た時、カメラを手にしたマスコミの記者の姿が見えた。すると刑事は他の警官からジャンバーを受け取り、それを私の頭に被せてきた。私には“何も悪いことはしていない。これは不当逮捕だ”という確信があったから、手錠をかけられて不自由な手で必死にジャンバーを払いのけた。そして、自分は犯罪者ではないことを表現する意味で、手錠をかけられている手を高く突き上げ記者に向かってアピールした。だが数名の警官に力ずくで車に押し込められた。

  車の後部座席に押し込められると、車はすぐに発車した。私の脇に座った刑事は、先ほどの私の行為を指してか、「お前なめたことしてくれるじゃねえか!」とドスのきいた声ですごんできた。私は心の中で「なめたことしてんのは、大学と警察だろうが!」と叫んだ。

 

  以上が、2000年4月25日、私も含めた寮生4名が不当に逮捕された時の様子です。私たち寮生が「清掃員を監禁・強要した」として逮捕されるなんてことは、まさに青天のへきれきでした。警察がふみこんできた時、私はまず事態をよく飲み込めず当惑し、それから逮捕されるということに恐怖を感じました。そして平静さを徐々に保つにつれ、「大学が自らのおかした不当なスパイ行為が存在しないことにするために、寮生を犯罪者に仕立て上げようと逮捕させた」ということが理解できるようになり、激しい憤りを感じずにはいられませんでした。その時の怒りが、現在係争中である国賠訴訟の原点であることは間違いありません。

  また、手錠をかけられ車に押し込まれ警察署に連行されていく時でさえ、私は「こんなあからさまなインチキな逮捕なのだから、長くても4、5日で釈放されるに違いない。」という思いがありました。まさか22日間も拘留され連日8時間にも及ぶ取り調べが続くとは、つゆも思いませんでした。そういう意味では、山形大学だけではなく、私たちを逮捕した警察や拘留延長の決定を下した裁判所なども、全くのでたらめであると考えます。ですから、本来ならば警察・裁判所のでたらめさも国賠訴訟を通じて問題化したいところなのですが、山形大学・警察・裁判所の3つも相手にして国賠訴訟を闘い抜くのは力量的に極めて困難であろうと判断し、やむをえず山形大学のみを相手に国賠訴訟を行うことにしました。ですが、私たちは警察や司法のでたらめさを忘れることなく、この国賠を進めるのと同時に警察や司法の問題も絶えず考えていきたいと考えています。

 

                                                                      (以上)

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